火の鳥

次の演奏会ですが、「火の鳥(ストラヴィンスキー作曲)」を演奏します。(⇒イーゴリ・ストラヴィンスキー - Wikipedia火の鳥 (ストラヴィンスキー) - Wikipedia)

ストラビンスキーという名を聞けば「春の祭典火の鳥ペトルーシュカ」の三大バレエ音楽を連想しますが、そのどれもが刺激的で強く印象に残る曲です。ちなみに作曲順ですが、「火の鳥(1910年:28歳)→ペトルーシュカ(1911年:29歳)→春の祭典(1913年:31歳)」とのこと。
ストラビンスキーという名を聞けば、上記の三大バレエと同時に「編曲や著作権にやたらと厳しい」という印象が連想されますが、ストラビンスキーはペテルブルグ大学法学部出身だとのこと。そりゃ著作権に厳しいわ(笑) ちなみに「火の鳥」にやたらといろんな版があるのは「原曲の著作権料がアメリカでは入ってこない」という理由のためらしいです(汗)
 

サンクトペテルブルグ

既に火の鳥ネタについては日記の中でいろいろと書いているので、今日はストラビンスキーの出身地であるサンクトペテルブルグネタを。(⇒火の鳥について言及した過去ログ)

かっては「レニングラード」という名に改名されていた「サンクトペテルブルグ」ですが、英語読みに直すと「セントピーターズバーグ」になっちゃいます。ちなみにセントピーターズバーグという街はアメリカに実在しています。(⇒City of St. Petersburg) なんとこの街がある場所はフロリダ半島! 太陽の光が燦々と降り注いでいそうな町です。
トム・ソーヤーの冒険」で主人公のトムが住んでいるミシシッピ川沿岸にある街もセントピーターズバーグという名称ですが、こちらは架空の街だそうです。
 
サンクトペテルブルグ」を日本語に約すると「聖ペトロの町」、キリストの12使徒のひとりである聖ペトロを記念して名づけられた名前です。聖ペトロといえば、ガリラヤ湖で漁をしているときにイエスから声をかけられて弟子になったと福音書にも書かれている漁師ですが、イエスの最初の弟子であり、なおかつイエスの生前から弟子のリーダー的存在だったそうです。
エスの死後、彼は教団のリーダー的存在として各地で宣教を行って教団の拡張に努めたそうですが、その最期はローマに宣教した折にネロ帝の迫害下で逆さ十字架にかけられて殉教したとされています。ちなみにペトロはローマ郊外のヴァチカンの丘に埋葬されたそうですが、そのペトロの墓と伝えられる場所に建てられたのがサン・ピエトロ大聖堂(聖ペトロの大聖堂)です。
このサン・ピエトロ大聖堂のあるじであるローマ教皇は、イエスの最初の弟子であり、なおかつ最初にリーダーとして教団を率い、初代教皇とペトロの後継者であるとされています。前教皇ヨハネ・パウロII世が死去した際に「漁夫の指輪」という名を頻繁に耳にしましたが、これはローマ教皇が漁師であった初代教皇ペトロの正当な後継者であることを象徴しているそうです。
 
サンクトペテルブルグ」を日本語に約すると「聖ペトロの町」なのですが、この都市の建設したピョートル大帝の名前をラテン語読みしても「ペテロ」。どうやら自分の建設した都市に自分の名前を付けたかったので、この街の名前を聖ペトロから取ってきたというのが真相のようです。
サンクトペテルブルグが建設されると同時に、ロシアの首都はモスクワからこの新しく建設されたサンクトペテルブルグに遷都されました。ピョートル大帝はロシアの近代化・西欧化を図るため、ロシアの最も西端であるものの最も西欧に近いサンクトペテルブルグに首都を移転したそうです。
サンクトペテルブルグ市のシンボル的な存在であり、市内の観光名所といえば、青銅の騎士像として知られるピョートル大帝の騎士像が挙げられます。この像は元から青銅の騎士と呼ばれていたわけではなく、プーシキンの詩の中で「青銅の騎士」と呼ばれたため、青銅の騎士と呼ばれるようになったそうです。ちなみに、一時期吹奏楽界で爆発的に流行した「バレエ音楽『青銅の騎士』(グリエール作曲)」は、プーシキンの書いた同名の詩を基にしているそうです。

青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)

青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)

ちなみにamazonのページに掲載されていたこの物語のあらすじですが、下記のようなものだそうです。

内容(「BOOK」データベースより)
荒れ狂う洪水の波に愛する人を奪われて、ついに狂気の人となった男は、人工都市の創造者として君臨する青銅の騎士像との対決に向かっていった…。幻想の都ペテルブルグが生みだした数々の物語の原点となった詩劇『青銅の騎士』

なんか濃そうな内容・・・ 思わずドンキホーテを連想してしまいました。